7・神話・伝説・民話
○神話・伝説・昔話の区別
神話=ある社会において、人々によって真実と受けとめられている話であり、その中で語られるできごとによって、現実のさまざまな事象の根拠が示される。
伝説=具体的な固有名詞を伴って語られる語り。
昔話=具体的な固有名詞を伴わない話。しばしば話形の大幅な改変が行なわれる。
○なぜ「民話(口頭伝承)」を集めるか
たとえば、全国各地にある「民話」を集めてみた場合、少しずつ細部の異なるいくつかの話形を探し出すことができる。そして、それらを比較していく過程で、それらを語り継いだ人々の〈心性〉――恐怖・願望・笑いなどのあり方――を次第に明らかにできる、と考えられる。歴史学などではなかなか入り込めない、「個人」の「感情」にアクセスできる可能性があるという点で、民話研究には一定の意義がある。
○現代伝説・都市伝説(urban legends)
現代においても、「うわさ話」という形で、「民話(口頭伝承)」は不断に生産され続けている。こうした「うわさ話」を、「現代伝説」ないし「都市伝説」と呼び、主として民俗学系の学問の研究対象として、1970年代以降、アメリカに始まって各国において話形の収集と分析が進められている。
○話形の変化
【トイレの赤い紙】
〔基本型〕
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舞台=小学校の女子トイレ
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個室に入ると、トントンと戸を叩く音がして、「赤い紙がいいですか、青い紙がいいですか」と聞かれる
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「赤い紙」と答えると全身血まみれになって死ぬ。「青い紙」と答えると全身の血を抜かれて真っ青になって死ぬ
〔類型〕
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「赤い紙がいいですか、白い紙がいいですか」
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「紫の紙」と答えると助かる
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「赤・青・黄のどれが好きですか」
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「赤いはんてん着せましょか」→「着せてみなよっ」→「ナイフで刺されて赤い斑点のように血がつく」
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「〜階の何番目のトイレ」と指定される
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「赤いマントがいいか、青いマントがいいか」(戦前)
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単に手がどこからともなく出てくるだけ
などなど
〔モティーフ(中心的な題材)〕
1.
場所はトイレの個室である
2.
「赤」が「血」のイメージと結びついて恐怖をもって語られる
→よくある分析は、「初潮前の女子の不安な心理を具体化したものである」
〔類型の「意味」〕
·
より「リアル」にしようとする
·
文化的な変化(マント→紙→?)
○「うわさ」の時期区分
〔口裂け女を例に〕
1.
潜在期:「山姥伝説」など
2.
誕生期:1978年末岐阜県において噂が発生「マスクをした口の裂けた女性を見た」
3.
目撃期:岐阜県全域からさらに全国で同様の噂が広まる。基本型の完成「マスクをした女性に『わたしキレイ?』と聞かれる。『キレイ』と答えるとやおらマスクをとり、耳まで裂けた口をみせて『これでもか!』と凄み、逃げても追いかけてくる」
4.
増幅期:よりリアルにするためにさまざまな付加がされる「100メートルを6秒で走るほど足がはやい」「オートバイより速い」「赤いレインコートを着ている」「整形手術に失敗した女性である」など
5.
混乱期:マスメディアにとりあげられる。警察が出動する。集団下校が指示される。無駄な尾ひれがつく「美人の三人姉妹の末っ子である」「整形手術に失敗して気が狂っている」「ポマードと3回唱えると逃げられる。なぜなら別れた彼がポマードをつけていたからだ」「べっこうあめを差し出して、それをなめている間に逃げる」「べっこうあめがきらいである。死んだ自分の子どもを思い出すからだ」「元オリンピック候補だった」「昼間は押し入れに隠れていて夕方になると出て来る」
6.
鎮静期:飽きられる。が、しばらく時間をおいてから、新たな形で再生することも多い。
○現代伝説の話例
〔特徴〕
·
多かれ少なかれ、「消費文明」に結びついている
「消えたタクシー客」「消えたヒッチハイカー」
「メリーさんの電話」「夢とちがうだろう!」
「コカ・コーラ伝説」「マクドナルド伝説」
「ピアスの白い糸」「行方不明の花嫁」「エイズの世界へようこそ」
「ドラえもんの最終回」「サザエさんの最終回」
·
「友だちの友だち」から聞いた話であって、確たる固有名詞・日時に欠ける
·
何らかの教訓めいた落ちが予想される
※アジア系移民などマージナル(周辺的)な集団への蔑視・不安に基づく都市伝説
「東京ディズニーランド誘拐団」
某テレビ局の朝の番組にも一旦は実話として取り上げられ、子を持つ親たちを不安に陥れた。
幾つかのバリエーションがあるが、基本はこうだ。
「これは私の友人の身に実際に起きた出来事です。このあいだ、友人夫婦とその3歳になる娘さんの3人で、
東京ディズニーランドへ遊びに行ったそうです。混雑した場内で、ふと目を離した隙に娘さんとはぐれてしまった友人夫婦は、慌てて係の人に捜索を依頼しました。
すると係の人が、こう言ったというのです。
『これは誘拐の可能性がある。他の客(ひいては誘拐犯)に悟られないように、出口を一つにして他を封鎖するので、出て来る親子連れの子供の顔だけをしっかり見て欲しい。服装も変えられ、髪も切られているかもしれないので、くれぐれも子供の顔だけに集中するように』
その後の迅速な対応はさすがに東京ディズニーランドだったと、友人は感心しています。
一つに絞られた出口で出て来る子供たちの顔を食いつくように見入る友人夫婦。そしてそこに、東南アジア系の男に手を引かれた娘さんが現われました。本当に服装を男の子のものに変えられ、長い髪を隠すため帽子までかぶらされていた我が子を見た友人は、一瞬足がガタガタ震えて止まらなかったと言います。男はすぐに待機していた私服警官に取り押さえられ、まだ場内にいた共犯者たちも皆捕まったということです。
その後の調べで、彼等が日本の3歳から5歳の子供、特に女の子を外国に売り飛ばそうとしていたことが判明しました。あのかわいい娘さんが無事で本当に良かったです。それにしても、同じ子を持つ親として絶対に許せない恐ろしい話だと思いました」
少しでも冷静に考えたなら、これがフィクションであることぐらい、簡単に見抜けそうなものである。大体もしこれが真実だとしたら、世間でもっと騒がれていいはずだ。たった一つの出口に押し寄せる群衆の誰にも目撃されない逮捕劇も、他の全ての出口を封鎖されても異常を感じない客もありえないからだ。だが、公にならないようTDLが裏工作をした可能性もある、と言う「親」がたくさんいる。守るべきものを持つ時、人は冷静でいられなくなる。
「試着室だるま」
日本人の若い女性が、友人と2人で海外に旅に出ます。そして香港の裏町(いくつかのヴァージョンがある)の怪しげな服店の更衣室に入ったきり消えてしまうのです。もちろん友人は店主を問い詰めるのですが、悲しいかな言葉が通じないのです。
1年後、同じその街に住む日本の商社マンが酔っ払ってぽんびきに連れていってもらい性的なアミューズメントを提供する場所に入ります。そこで、両手・両足を切断されすでに精神に異常をきたした東洋系の女性をみつけるのです。ぽんびきさんはこう説明します。
「こいつは、なんども逃げようとするから、逃げられないようにこうしてやったんだ。それに、このてのが好きな客もけっこういるんだぜ。だんなもためしにどうだい?」
商社マンはさすがに酔いがさめます。そして、意味をなさない彼女のうわごとが何と日本語であるのを知るのです。
彼女の両親は、商社マンからの話を聴きいて渡航し、自宅を売り払った金で、かの街の暗黒街の顔役にわたりをつけなんとか彼女を日本に連れかえることはできたそうです。今でも国内のある地方の病院で彼女は生きているといいます。
「レイプで生まれた黒人の赤ちゃん」
「海外に(ニューヨークだったと思う)新婚旅行に行った日本人カップルがいて、奥さんの方が黒人にレイプされてしまう。命は助かったものの、日本に帰ってから、子どもを生むと、赤ちゃんは黒人だった。奥さんは気が狂ってしまう」
「調理された赤ちゃん」
ナイジェリアに住むある婦人が、職場から自分の家にいるベビーシッターに電話をして、自分の赤ちゃんはどうしているかと聞きました。ベビーシッターは、赤ちゃんはまだベッドの中ですと答えると、婦人は、ベッドから出してちゃんと座らせなさい、と言いました。彼女はこの言葉を、ベビーシッターにも理解できるように、ベビーシッターの住む地方の言語で話しました。
が、この言葉には二通りの意味があったのです。一つは「子供を起こす」、もう一つは「子供を調理する」です。この仕事に慣れていないベビーシッターは、子供をベッドから連れ出すと、オープンの中に入れてしまったのです。彼女は、雇い主の言いつけをきちんと果たしたことにとても満足しました。
そのうち婦人が仕事場から帰って来ました。私の赤ちゃんを連れてきてちょうだいと、彼女は言いました。
ベビーシッターは台所へ行き、大きな皿に焦げた赤ん坊を盛り付けて「貴方の言いつけ通りにいたしましたわ」と言いながら、皿に盛りつけられた赤ん坊を婦人に手渡したのでした。
この恐ろしい話しは1969年ナイジェリアの、とある役所で流布していたということです。
学生番号: 氏名:
※いつごろ(何年頃)の話で、どこで聞いた話かを補ってください。